自分のほんとうの気持ちをいってしまうと

 

わたしはきっと一般的には

悪い人なんだとおもう。

そして冷たい。

 

 

良くしたい、とおもうことは

悪い、とわかっていることがあるからで。

 

幸せになりたいけど

こんなわたしはそうあってはいけないような

幸せだと、かまってもらえない気がして

つい、悲しい苦しい方を選んでみたりする

 

 

そして

みんなにやってあげられないことを

ひとりにするのってなんか違う気がしてならない

 

 

さらに

やってもらったら

やってかえさないと

だめな気がして、その重荷がきらいだから

人に頼むのってほんとにいやだ。

 

 

 

あと、

さみしい。

誰かに抱きしめられて眠りたい。

その誰かは結局だれでも、ではないのだけれど

 

たったひとりを思い浮かべるわけではないところに

薄情さを感じる

好きなひと、に好きになってほしいんだと、そう思った。

無理だとおもうけど。

 

 

何度も何度もきっと死んで生まれて死んで生まれて

その結果にいつか

今のわたしが理想としてる人生があるなら

なんて

仕事楽しいなーって3〜4ミリ思い始めた頃に逃げ出そうとする悪いクセだ。

 

 

できることなら

闘いたくない。

から

譲る

逃げるんだ。

 

 

徹底的な一番を目指してこなかったが故の

この自信と勇気のなさ。

 

 

ほんと、今日は気持ちが落っこちてるなあ。 

どしたんだろう。

 

 

しのごの言わずに

さっさと結婚してしまいたい。

安心したい。

嘘。

結婚と安心は比例しない。から、

単純に、安心したいの。

 

 

大事にしてもらう現実が怖すぎる。

いつか消えてしまった時、どうしたらいいかわからないもの。

おんなじ人間だよ。

芸能人と

一般人と呼ばれてる人の

からだ

とか

目に見えてることとか

機能的になにも変わらないのになーとか思った。

 

 

セレーナゴメスの腎臓と

わたしの腎臓は

それだけ取り出してしまえば価値は変わらないのに

ブランドってなんだろうって思った。

 

 

かっこいいスーツ、髪型

メイク

をしたら

ホームレスだって年収2000万のIT企業社長に見えてしまうのに。

 

 

そのひとの持つ本質って

どうやって価値を知る事ができるんだろう。

 

 

なんか、仕事で悔しい事があったから

気を紛らわせようとしてこんなことを考えます。

 

 

 

結婚したら

結婚できるかまだわからないけど

 

もし、

できたなら。

 

 

子供は2人くらい。

穏やかな生活を送りたい。

 

 

あとはずっと

恋人みたいな夫婦でいたいなぁ。

こわいきもち

現実が近づいてきて

とても怖くなってる。

 

 

車は運転できるのか

お金間に合うのか

ひとりで生きていけるのか

寂しくて死なないか

 

 

でも、なんとかする。

から

なんとかしようと思う。

 

 

ひとりだけど

ひとりじゃない

 

 

いちばん怖いことは

自分はひとりだ、と思い込むことで

それが本当にそう見えてきてしまうこと

 

 

それを超えたら

ひとりを

超えたら

わたしはきっと大丈夫。

 

 

超えるし。

 

 

だめだったら、

泣こう

わめこう

でも

がんばろう。

 

 

負けない

勝たない

ただ、生きるってことの素晴らしさを知ろう。

それがいいと思う。

だいじなひと

本気の相手には

幸せになってほしい。

 

 

だから

自分が

まだ未熟だったり

一緒にいてあげられなかったり

なんかよくわからないけど

相手を喜ばせてあげられないなって

思ったら

 

 

身を引くんだと思う。

 

 

引かれた方は

最初はわからない

ただ哀しい。

潰れてしまいそうなくらい

 

 

だけど

それに気づけた時に改めて

本当にあの人を好きになってよかった、と思える。

勘違いでもいいから、そういうことにしてる。

 

 

なにを捨ててもわたしは

一緒にいたい、と思ってたけど

きっとそういう風には見え(せ)てなかったと思うし。

 

 

あのひとがいたら

親も

仕事も

家も

全部

捨てても

側にいたい、と

思ってたけど

 

 

きっと

わたしにとってそれは

幸せじゃない、って思ったんだろうなあ。

 

 

すべて捨てても

傷ついても

それでも一緒にいたいと思うものと

 

 

すべて捨てさせても

傷つけても

それでも一緒にいてほしいと思うものは

 

 

どっちが本物の、真実の愛なんだろう。

 

 

しょうもない縁のひとつも。

なにひとつ捨てられないわたしをわかってくれてたんだろうなぁ。

 

 

ましてや親なんか捨てられるわけない。

 

 

弱くて

自分が大好きで

傷付きやすい

そんなところを守ってもらったと思ってる。

 

 

 

優しい、ひどい、あのひと。

最後に一目お会いできたなら。

 

運命の恋と 現実の恋

運命の、とつけるとやたら

理想や、夢や、なんかふわっとした、そんなものに見えてしまうけど。

 

 

 

 

運命=現実

なのかもしれない。

 

 

 

 

こうなる運命だった、

というのは

もう見えている事実、つまり現実を指して述べるのであって

そこにドラマティックさを表したいが故に、

運命の。

っていうのをつけるのかもしれないなって。

 

 

 

わたしは永遠はないと、そう思ってるから。

だから

ひと時の心の向かう方向を疑わずに行ってしまう。

 

 

 

 

ただ。

現実をドラマティック、ロマンティックにしたい気持ちは往々にしてある。

それはもはや、実生活の中に生まれた余裕の中での演出にすぎないかもしれない。

 

 

 

だとしたら

運命、を謳歌するのは非常に簡単で

現実を自分で行動して作っていけばいい。

 

そんな作為的なものが運命と呼べるか、というひとはそう思ってるんだから、このブログを読まずに自分の考えをノートにでも書いててください。

 

予期できない、思いもよらないことが運命だというならば

それは

一種の諦めと

もうひとつは、揺るがないつよさ

なんだと思う。

 

 

 

 

わたしは

富と名声と名誉と愛を全て手に入れられる運命だと聞いた。

 

 

 

その実感はあんまりないけど

そうなら、そういう風に動いていくと思うので、

結局、現実=運命

なんだと思うんだ。

 

 

 

dear destiny

 

how's going these day

it's still hard hot weather also fuckin midy every day.

but hope you are well.

 

 

then, i'm at starbacks coffee on akasaka biz tower at 2 pm.

 

 

i've already have your schedule, but please pretend to be a destiny.

 

 

i know you're bit nervous. it's ok.

i wait for you.

 

 

thank you for everytime.

foward to meet you later.

 

 

love you, daring.

 

 

 

Yuko.